お知らせ

令和8年04月13日

【4/25~5/5】駐車場利用についてのお願い

祭典及び催事のため、下記の日程において駐車場の混雑が予想されます。
ご参拝の皆様におかれましては、お時間にゆとりをもってお越しいただくか、公共交通機関をご利用いただきますようお願いいたします。

令和8年4月25日(土)~5月5日(火・祝)

 ご迷惑をおかけいたしますが、ご理解・ご協力いただきますようお願いいたします。

 

令和8年04月12日

「第十三期海軍甲種飛行予科練習生 第五十三回戦没者慰霊祭」斎行の御報告

412日(日)午前11時より、橿原神宮内 若桜友苑わかざくらゆうえんにて「第十三期海軍甲種飛行予科練習生 第五十三回戦没者慰霊祭」が斎行されました。

「第十三期海軍甲種飛行予科練習生戦没者慰霊祭」は、大東亜(太平洋)戦争末期、祖國存亡の危機に一身を投じ学業半ばにして海軍飛行機搭乗員を志願された「第十三期海軍甲種飛行予科練習生」出身の戦没者一千余名の英霊をはじめ、祖国の為に殉職された先人達を偲び、平和を願う祭典です。

祭典では斎主さいしゅ祭詞奏上さいしそうじょうに続き、巫女により神楽「浦安の舞」を奉奏し、平和を祈念致しました。

当神宮では、今後も尊い生命をかけて祖国のために殉じられた英霊に、慰霊の誠を捧げ続けますと共に、今も世界各地で発生している紛争の一日も早い解決を祈念して参ります。

 

海軍飛行予科練習生かいぐんこうしゅひこうよかれんしゅうせい

通称「予科練」と呼ばれています。
第一次世界大戦以降、航空機の需要が世界的に高まる中、より若いうちから基礎訓練を行うことで熟練の搭乗員を多く育てようと、昭和5年より開始した教育制度です。
14歳
半から17歳までの少年を全国から試験で選抜し、搭乗員としての基礎訓練をするもので、制度が始まってから終戦までの15年間で約24万人が入隊し、うち約24千人が飛行練習生課程を経て戦地へ赴きました。
特別攻撃隊として出撃したものも多く、戦死者は8割の19千人にのぼっています。

(甲種予科練=中学41学期終了程度の学力を有する満16歳以上20歳未満のもの)

(乙種予科練=高等小学校卒業程度の学力を有する満14歳以上20歳未満のもの)

令和8年04月03日

「神武天皇祭」「国栖奏奉納」斎行の御報告

43日(金)午前10時より、「神武天皇祭」を斎行致しました。

「神武天皇祭」は、神武天皇が崩御された日が現在の4月3日にあたることから、神武天皇の御聖業を仰ぐ祭典として執り行われております。
祭典では、祝詞奏上のりとそうじょうに続き神楽「浦安の舞」を奉奏し皇室の弥栄と国家の安泰を祈念致しました。

午後1時からは、国栖奏くずそう保存会により「国栖奏」(奈良県指定無形民俗文化財)が奉納されました。
国栖奏は、応神天皇(第15代)が吉野へ行幸の際、国栖の人々が醴酒れいしゅ(こざけ)を献上して歌舞を奏したことに由来します。
また『日本書紀』には、神武天皇が東征の際に吉野で、この国栖の人々の祖先である磐排別いわおしわくの子に出会ったとも記されています。

令和8年04月02日

「御鎮座記念祭」斎行の御報告

42日(木)午前10時より「御鎮座記念祭ごちんざきねんさい」を斎行致しました。

「御鎮座記念祭」は、明治23年(189042日に橿原神宮が御鎮座したことに由来し、御鎮座翌年から現在に至るまで執り行われています。

祭典では、祝詞奏上のりとそうじょうに続き神楽「扇舞」を奉奏致しました。

また祭典後には、白色尉はくしきじょうの翁面をつけて舞う「翁舞おきなまい」が奉納されました。 

令和8年03月28日

香道志野流「献香祭」斎行の御報告

3月28日(土)午前11時より香道志野流家元・蜂谷はちや 一枝軒いっしけん 宗苾そうひつ氏奉仕により「献香祭けんこうさい」が斎行されました。

香道志野流は志野宗信を始祖とする流派で、室町時代以来500年に渡り受け継がれ、現家元で二十一世を数えます。

祭典では、斎主の祝詞奏上のりとそうじょう後、家元奉仕による献香(花の雫)を神職が御神前へお供え致しました。

また、「献香祭」にあわせ文華殿では完工を記念し「文華殿保存修理完遂記念聞香式もんこうしき」が開催され、多くの方が風雅なひと時を過ごされました。